「問題の子ども」と「問題の大人」
久徳 さらに疑問に思い始めたことは、いままでの親はどうして子育てが上手だったのかということです。そして、文明が進むことによって、人間は変になるのではないかと考えたわけです。
小田 ははあ。
久徳 ほかの動物は餌を与えさえすれば、普通の大人になります。ところが、1920年ごろでしたか、インドで狼に育てられた人間の子がおりましたが、人間だけが狼に育てられれば狼らしく育ってしまう。どうしてだろう。昔は生まれた子はうまく育ったんだが、経済が成長し文明国になったことによって、子どもの育つ環境が狂ってきたのではないか。
いまは何か問題が起きると、親が悪いのか学校が悪いのかといいますが、実は構造的な問題なんだということがわかった。「問題の子ども」といいますが、経済が成長して一番最初に壊れたのは大人のほうなんです。まず昭和30年から35年にかけて少子化現象が起きました。このときは政府も対策を間違って、「少なく生んで上手に育てる」ということをいいました。しかし、人間という動物は子どもが少ないとうまく育たないんです。
同時に経済が成長していますから、親の育児本能が壊れてきますね。集団本能も壊れて核家族になる。「問題の大人」が出たわけなんですが、当時のみんなの受け取り方は、価値観が多様化しているのだから、どんなコースを歩こうと勝手だということでした。働きたくなければ働かなくていい。結婚しても嫌になったら離婚すればいい。子どもを生まなくてもいいし、生んでも育てなくたっていい。
私は価値観の多様化時代だからそれでいいんだ、ということが定着してしまったことが一番の失敗だったと思います。生んだ子どもをしっかりと育てるというのは、種族維持本能ですね。これが壊れたし、集団本能も壊れて大家族が核家族になり、近所付き合いをしなくなった。個体維持本能も壊れて、大人になっても働かなくなった。どれもこれも価値観の多様化ということで見逃してしまっているうちに時代が過ぎていったわけです。


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